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#9-7 / The Long Bad Night 

 傭兵として正式に着任してからの仕事内容は、主に公人や政府要人の警護、通信資材や武器・兵器の整備などを行う後方での活動が多かった。クレメンザは、敵地に向かっていく前線での戦闘に参加していた。命令ではなく、自分からそれを好んだ。戦地に就くようになってからというものの母からはほとんど毎日のように手紙が届いていたが、数か月が経ち、やがて一年が過ぎる頃にはほとんど届かなくなり、二年も経過すると一切のようになくなってしまった。

「それ、恋人か? 随分と熱心にやりとりしているようだが、とうとう振られたか」

「――いえ、家族です……」

 何せこういう仕事を望んでこなすような人間達の集まりだ、家族構成から出身地の話、過去に至るまでの話――自らに関わる事をあえて話さないようにしている者も多くいた。クレメンザも例外ではなく、そういった事は一切口を閉ざすようにしていたし、聞かれるのも嫌気がさした。

 

 自分の生い立ち、大袈裟に言えば自分の歴史のようなものに勝手に踏み込んでくるな、と苛立ちすら覚えていた。また、そういう仲間同士とのちょっとした会話から、思想面をチェックされたりもした。

(そういえば、ガールフレンドと手紙のやりとりをしただけで不適切だなんだと批判されている奴もいたな)

 昔の手紙を読み返しながら、クレメンザはやはり今日も母から何の音沙汰もなかった事に軽い喪失感のようなものを覚える。一週間、一か月、やがて半月と過ぎていき、いよいよ何かあったのではないかと危惧した。しかし、決められた日に手当を振り込むと何らかの反応はあったし、それが遅れると催促してくる事もあったがゆえに、完全な音信不通となったわけではないようだ。……今回の任務を終えたら、一度帰国してみた方がいいのかもしれない。

 逸る気持ちと、妙な胸騒ぎを抑えつけた。――ふと、クレメンザはまだほんの数年しか会っていないだけの母の顔が、まったく思い出せない事に気付いた。

 母と、あの男の待つ実家へと急いだ。母からの返事を待っているうちに入れ違う事が多く、あえて事前に連絡は入れなかった。しかし行こうと決めた時にはあんなにも焦燥感のようなものが沸き上がっていたのに、いざその準備が整うと当日までは何故か気が重く、やはり行くのをやめようかとも悩んだ程だった。

 訳の分からない切迫感に落ち着け、落ち着くんだと心の中で何度も囁く。ずっと母との再会の事を考えてきたはずだ。戦場に立った時も、誰かを殺さなくてはいけない時にだって、また自分が殺されるかもしれない場面においても、常に冷静である事だけを強いてきた。こんなにも動揺している理由はよく分からなかったが、何か後ろめたさのようなものもあったのかもしれない。そしてそれが何ゆえの後ろめたさなのかも、はっきりとは断定できなかった。やはり自分は、あの時母を救うような事を語りながらも心の奥底では目を逸らしたかったのかもしれない。​

 訪問を予告しなかったせいもあるのか、自宅は施錠されたままだった。やがてロックが外されて、開いたドアの向こうに立っていたのは、予想に反して父の方だった。

「お前、どうして?」

 父は唸るような声と威嚇するような目つきで、こちらを出迎えていた。――どうして母じゃなくこいつが出るんだろう? その事実もそうだったが、それよりもクレメンザを驚かせたのは父の妙にくたびれた姿だった。元より働きになど出ていないせいもあるのかもしれないが、性的にもだらしのないコイツは女の目だけは極端な程に気にしていた筈だ。……それがどうした事だろうか。腫れあがった目元は、よく見ると充血していて、満足に睡眠が取れていない事を知らしめていた。それを裏付けるように、黒々とした隈が浮き上がっており、目元の皺を殊更強調させて老け込ませている。何日も着替えていなさそうなよれたシャツ、強いアルコールの匂い。

 自分が知っていた父は虚栄心ばかり妙に強い男だった。こんな貧相な姿は、家族にさえ見せないような人間だった。それが今は。

 部屋に上がると、やけに閑散とした室内の様子が視界に飛び込んできた。荒れた光景を想像していただけに、拍子抜けした程だった。というよりも、物自体が家の中からほとんど消え失せている事に気が付いた。随分と生活臭が希薄になったその一室で、どこか呆然としてしまい、本来の目的を見失っていた。つい忘れそうになってしまったその疑問は、後からやってきた。――どうして、母の姿がどこにもないのだろうか。

 その視線を見抜いたように、父は自嘲気味に言い放った。

「出て行ったよ、あの女は」

 父の言葉に、クレメンザは即座に言葉が出てこなかった。身体中から、力が抜けて行った。同時に表情が弛緩し、消えていくのを感じていた。構いもせず、父は煙草に火を点けながら言葉を続けた。

「……違う男のガキを孕んでな、情が移ったのか何なのか知らねえけど気付いたらそいつと出来上がっちまってよ。出てけって怒鳴ったら、本当に仲良く出ていきやがった。見せつけやがってよ、胸糞悪いったらねえ」

 違う男――そんな風にはぐらかしたが、即座にカネコの事だと分かった。むしろ、分からないとでも思ったのだろうか。だとしたらとんでもなく馬鹿だ、とクレメンザはどこか呆けたようにその言葉を聞いていた。

 

 ここでようやく、クレメンザは自分の選択がいかに愚かだったのかに気付いた。唯一無二の精神の拠り所だった自分という存在がいなくなり、母はどういう心境であったのだろうか。自分を犯し続けた男との間に奇妙な絆が芽生えて、やがて子が宿り、それが彼女にどういう心境の変化をもたらしたのかは想像が出来なかった。――只、彼女に縋るものなど何もなかった事は、痛い程分かった。

「……もしそれが、父さんとの子どもだったらどうするんだ」

 考えた末に喉からこぼれたのは、驚くくらいに陳腐な言葉だった。父は蔑むように鼻先で笑った後、ライターをテーブルの上に放り捨てた。

「そんなわけあるか、俺は二十歳の時にかかったウイルス性の大病が原因で無精子症なんだよ……タネなしだから、子どもなんか作れる筈ねえだろう」

 まるで、それらが全て一つの単語のように聞こえていた。クレメンザは、その言葉に込められた無数の意味を一気に理解した。答えを求めるような目つきで、父を振り返った。父はどこ吹く風でこちらとは目も合わせようとしなかった。

「――ああ、そうだ。つまり、お前も俺のほんとのガキじゃねえんだよ」

​ どうして父が自分に対して冷たかったのか、その理由がよく分かった。……よく分かった。クレメンザはそこから先の言葉を覚えていない。或いは、記憶する事を拒否したのかもしれなかった。母とカネコの居場所については尋ねなかった。もっとも、聞いたところで答えなかったかもしれないし、知らなかった可能性もあるが。

 その義足義眼の男に会ったのは、それから僅か数か月も経たないうちだった。

 戦地に戻って四日後に、彼は直接自分の元に尋ねてきた。ダブルのスーツに身を包み、不自由な片脚代わりに金属でできた義足をはめ、杖をついていた。それに寄り添うよう、大人びた雰囲気の少女が一人隣に立っていた。いくら大人びた、と言えども少女はどう見てもまだ二十歳には届いていないように見えた。

 小さな顔と、華奢な身体つき。化粧はほとんどしていないように見えたが、色白で美しい顔立ちをした少女だ。――名前は櫻子というのだと、このすぐ後で知った。二人の間にはかなりの歳の差があるような事や、かしずく部下達の様子。この義足で義眼の男が、ひとかどの人物であることは幾何か伺い知れた。

「お前の仕事ぶりは耳にしている、戦場で一緒にいると必ず生き残れるらしいじゃないか」

 男の名は『ヴィトー』といった。ルチアーノ家のヴィトー、と聞いてすぐに分かった。密売や賭博場の儲けでのし上がり、若くして暗黒街の犯罪組織のトップに立ったという男。……まあ、正直なところ名前と多少聞きかじったような知識があるだけで詳細までは把握していないのが本音だった。

 こういう仕事をしていると少なからず耳に入ってくる情報だけでしか、このヴィトーという存在の事は全くと言っていい程に知らない。そんな相手が何故自分の事を知っているのか、深く考えると背筋が薄ら寒くなった。

 向かい合って座る彼に、櫻子が時々グラスに酒を注いでいた。櫻子はこちらにはあまり興味がないのか、ヴィトーの事ばかり気にしているようだった。

「言語は何を話せるんだ? 戦地では通訳もしていたそうだな」

 肩をゆすって、ヴィトーはグラスを覗き込む。ウイスキーの中に探し物でも浮かんでいるような、そんな目つきでグラスを眺めていた。……市議会議員や政治家、警察などの官憲を買収し勢力、マーケットの拡大と安泰化を図り、多くのギャングやならず者達をまとめあげているというこのヴィトーという男だったが、何故自分と接触を図ってきたのか――改めて考えてみても、やはり今一つ結びつかなかった。先に彼は自分の腕前を褒めたが、恐らく常套句というか、お世辞のようなものなのだろう。はっきり言って、自分より戦場で腕の立つ人物なんてごまんといた。

 

 一度戦場に出れば、少なくともその日で十人以上は殺す猛者もいれば、これまで四百人以上は狙撃で葬ってきたというまるで映画のような伝説を持った老兵だっていた。殺した分だけ英雄だと崇められ、彼らはまるで神のような存在ですらあった。

 ともかくクレメンザは、彼の真意を知る為に会話に乗った。同時に酒を薦められたので、遠慮なく頂く事にした。

「よく使うのは、英語とドイツ語と中国語辺りです。フランス語は少し訛りがありますが、日常会話くらいでしたら」

「なるほど。アメリカの原住民達が使う言葉も、大半は方言のようなものもある。――そう思うと正式な言語数を数えるのは難しいだろうな、出身地以外の言葉が出来るだけでも大したものだ」

 ヴィトーは案外よく喋る男で、警戒しているこちらに構うことはなく次々と質問を投げかけてきた。あれこれと頭を整理しているうちにようやく答える事が出来たのは、この質問が初めてだったように思う。

「……いえ、英語が出来ればドイツ語を習得するのはそう難しくはありませんよ。英語を母語にすれば、大半は悩むようなものではなかったですし。何より戦地では言葉が通じるのと通じないのでは、命の優劣が全く違いますから、防衛手段として自然と身について行きました」

「“自然と身についた”、ときたか。――明日生きているかどうか分からない状況で中々言えるもんじゃあるまい、皆がお前についていく理由がよく分かった気がするよ。まだ若いのに大したタマだな」

 そう言ってヴィトーは可笑しそうに笑い飛ばした。酒が周っているのもあるのか、最初に抱いた厳格なイメージを崩すよう、豪快な笑いだった。隣で櫻子もゆったりと口元に笑顔を浮かべていた。

「……なあ、クレメンザ」

 話が一度区切りのついたところで、ヴィトーは葉巻を取り出して口に咥えた。櫻子もすぐさま、火を付けてあげた。

「今いくつだ?」
「歳の事ですか?」
「ああ、そうだ」

「もうすぐ、二十五になります」
「予想通りにまだ若いな。自分が三十代、四十代になった時の事なんかは全く考えられないだろう」
「……、ええ、はい。まあ、そうですね」
「変わるぞ、色々と」
「――そうでしょうね」
「その変化は想像を絶するぞ」

 

 まだ笑いの尾が引く、そんな声でヴィトーは低く言った。こちらの反応が面白いのもあるのか何なのか、ヴィトーはクレメンザが何か言うたびにそうやって可笑しそうにして見せた。

 

「――クレメンザ。お前は話に聞いていた通りに、若さの割に中々肝の据わった男のようだ。おまけに勘も鋭い」

「……」

「勘違いしている奴が多いが、この世界では頭の良さがものをいうのさ。馬鹿はヒモもろくにできずに、組織から貰った金を使うだけ使って貯めようとはしない。そうしているうちに勝手に自滅して、出世もなくなって単なる鉄砲玉としてしか使い道がなくなる。若さだけで何とかやっていけたのも二十代のうちだけで、それが過ぎればあとはもう潰しがきかん」

​ クレメンザは黙ってウイスキーのロックを飲み干して、グラスを傍らに置いた。


「戦場においての殺人でお前は常に何を感じていた?」

「――分かりません。思考や感情とはまた違う、本能のようなもので動いていました」

 その返事にも、ヴィトーはやはり可笑しそうに笑った。馬鹿にしているような感じではなく、本当に面白かったという具合に。

 

「なるほど。――本能か、いいことを言う。確かに、抗争なんてのは所詮自分自身の中にある感情との戦いだ。本能を受け入れて戦えば、いくらでも怪我や死は回避できるようになっている。自分が勝たなくちゃいけないのは、自分の中にもあるであろう『理性』という存在だ」

「……理性」

「ああ、そうだ。理性を失った人間がどういう行動に出るか知っているか? 狂ったように銃を乱射したり、女を犯したり、子どもを平気で殴ったりする。――だがそれが良しとされる世界だって存在している。理性の介在が仇になるような、そういう世界もな」

 ヴィトーの言っている事はまるで的を得ていないようでいて、だがどういうわけなの今の自分にとっては無視できない気持ちになった。できるだけ無表情を装いながら、ヴィトーの顔を見つめ返していた。こちらの意図を読んだのかどうか分からないが、ヴィトーは肩を竦めながら、言った。

「過去を変えたくはないか、自分の手で」

 過去、の二音が激しく頭蓋を揺さぶった。クレメンザは自然と身が強張るのを感じながら答えを求めるような視線を向けた。ひょっとしたら、どこか哀願するような目つきだったかもしれない。

「……お前の為に会わせたい人間がいる。時間は十分すぎるくらい与えてある、お前が『仕事』について気にしているのならその点に関しては無視してついてくるといい。その気があるなら、の話だが」

「会わせたい人――とは、誰ですか? 一体」

「決まっているだろう。お前のその過去と、深い関わりがある人物だ」

 ほとんど返事は決まっていたようなもので、ヴィトーと櫻子の後に続いた。同じ建物の中にある階段を上がり、部屋に通される。櫻子が扉近くのスイッチに触れ、室内に明かりが灯る――蛍光灯の寒々しい光が降り注ぐ、狭い室内。

 家具は何もなく、カーペットさえもなかった。コンクリートが打ちっぱなしになったその作りが一層、もの寂しさと冷え込んだ空気を際立たせた。窓にはベニヤ板が雑に張り付けられていて、外部からの光を遮断しているようだった。きつい血の匂いが鼻を突き刺し、クレメンザはその中央、ぽつりと置かれた椅子に視界を動かした。

(誰だ……?)

 椅子の上に、男が後ろ手に縛られた状態で座らされていた。顔は――麻袋のようなものを被せられているので分からなかった。ただし酷い暴行を受けているようで、男のねずみ色した作業着には所々血が飛び散っていた。

 ヴィトーが合図すると、下っ端の男達がそそくさと移動し、その麻袋を乱暴な手つきで解きにかかった。しかし、戒めの解かれたその顔を見てもすぐに誰か分からなかった。それほどまでに、顔の形を変えられていた。

「……カネコか?」

 長らく会っていなかったせいもあるのだろう、余計に判別には時間を要した。カネコはぼんやりとした片目でこちらを見つめ、それから激しく咳き込んだ。血の気の混ざった嫌な咳き込み方だった。ヴィトーはそれを冷たい目つきで見送り、少し離れた場所に佇んでいた櫻子に視線で合図を促した。櫻子は微笑みを絶やさないまま、恭しくそれを差し出してきた。――現れたのは、コルト・ガバメントだった。グリップは幾分か使い込まれており、手垢が目立ち細かい傷がいくつか出来ていた。スライド部分に刻まれたコルトの文字に、何故か異様な冷たさを覚えた。それを手にすると、櫻子は呼応するように微笑んだ。

「その男がお前に何をしたのかはよく知っている。その背後の繋がりも、その男本人の口から全部聞いた。……家族を滅茶苦茶にされたそうじゃないか、とんだ災難だったな?」

 ヴィトーの声に、クレメンザは何も答えられなかった。……別に、このカネコのせいだけではない。自分には初めから何も与えられなかったし、何が元凶なのかを突き詰めると両親だってそうだったし、自分だってそうだった。――少なくとも、さっきまではそう思っていた。思っていた筈だったが、いざカネコを前にすると、それもよく分からなくなった。

「誰にも憚る事はない。ここではお前こそが正当で、そして正義だ。この男が少しでもお前に何かをもたらしたか?――怒りに身を任せろ、今まで受けた屈辱を思い出せばいい。理性を捨てろ」

 ヴィトーは、自分の心に眠る闇を代弁していた。薄汚い家で過ごした日々を思い出し、その暗い感情に理性の全てを支配されそうになった。あの狭い部屋の中で感じられたのは、母の温かさや絆といった慈愛に満ちたものなどではなく、憎悪の果てに見た人間の感情の行く末という汚泥しかなかった。

「……こんなチャンスは二度とないぞ、自らの手で復讐を果たす絶好の機会だ。そいつと一緒に過去の自分を殺せ、クレメンザ」

「よせ……、よせ、よせ。やめてくれ」

 カネコが祈るような呟きを漏らし始めた。けど、耳を貸す必要はないように今のクレメンザには感じられた。 

「お、俺が死んじまったら、俺の娘はどうなる。まだ、まだこんなちっちゃいんだぞ。――おめぇにとっちゃ、義理の妹だ。おめぇんとこの母ちゃんが産んだ、俺との子どもは……」

 アンモニア臭を嗅ぎ、カネコの股間がぐっしょりと濡れている事に気付いた。ため息を吐きながら、クレメンザは幼少期の記憶に思いを馳せていた。お前が全てを狂わせ始めたのも、自分がうんと小さな時だった。

「そうか。……だったら一つ、聞いておこう」

 コルトの引き金に指を掛けると、カネコの顔つきが変わった。スライドを引いて、大袈裟な程に金属の音を響かせるとカネコは目尻から涙を溢れさせていた。……まだだ。そんなもので足りるか。自分の人生が返ってくるか。クレメンザはカネコの右目に銃口を突きつけた。

「俺の妹は……、俺の事を知っているのか?」

 感情を込めずに呟いたつもりだったが、どこか湿っぽいものが混ざらずにはいられなかった。幾分か語気が震えたのが分かったが、カネコは呆然とこちらを見つめたまま答えはなかった。

「今のはそんなに悩むような質問だったか? 俺の事を知っているのか、いないのか?」

「わ、わからん。わからない」

「わからない? つまり、どういう事だ」

「お・俺の口から教えた事はない。けど、おめぇの母ちゃんが話していたとしたら、どうかは知らない」

 気付くと、クレメンザは自らの両目から溢れ出る涙を拭っていた。

「その子が大きくなってから、真実を全て聞かせたらどうなるんだろうな」

 自分に刻まれた深い絶望を、こいつを通して誰かに分け与えたかった。母にも、何も知らないその娘とやらにも。何も知らずに父親の帰りを待つ彼女達は、こいつがもう二度と戻らない事実を知った時に、どうなるのだろうか? 愛だの絆だのが冷めて、憎しみに囚われて嘆くのだろうか。

「し――し、知らん。俺は全て話した。話した!」

「自分の両親がどういう経緯で自分を産んだかを知った時に、その子は果たして理性を保てると思うか?」

「知らない、本当に知らない。全部話した、俺は聞かれた事は、全部言った」

 もはや、外しようのない距離と的でしかなかった。

「――叫びながら逝け」

 血と埃の匂いが纏わりついていた。赤い飛沫が、クレメンザの頬にふりかかった。砕け散ったカネコの破片と脳漿を、もろに顔に浴びた。カネコは顔を失くした状態で、後ろ手に縛られた状態のままで椅子と共に背中から倒れ込んだ。しばらくその身体が痙攣していたものの、すぐにそれは収まったようだった。

「……俺は、これからどうすれば?」

 しばし呆然としていたが、やがて我に返ったかのようにクレメンザは背を向けたままで問いかけていた。程なくして、ヴィトーの返事があった。

「俺の元に来い、クレメンザ。それとも英雄気分でいられる戦場に戻って、また過去の自分と再会するか」

 英雄。そんな風に思った事は、一度もなかった。この先もないだろうと思うが、気付かないだけでひょっとしたら自分は無意識のうちで思い上がっていたのかもしれない。不幸な生い立ちのせいで、無軌道に進む事を強いられた哀れな戦士。そんな設定に酔いしれては、溺れていたのだろうか。

 あの日から、地獄はずっと続いている。自分は今もあの欲望渦巻く、小さな家の中にいる。別の部屋から、母の泣く声が聞こえる。時々悲鳴を上げながら、それは続けられている。父は見ないふりをしたままで、テレビから流れてくるくだらない番組を眺めている。俺はそれを、どうする事できずに只々立ち尽くしている――、

 黒蜥蜴の館は、街のほとんど最果てといってもいいような位置に面していた。街全体を監視するように建てられたその館の外観ははっきり言って不気味と言っても差支えがない。男達の欲望と、女達の絶望が交差する場所。クレメンザは外壁を見渡してから、話を掛けられそうな人物を探した。こんな人数を引き連れなくとも、単独で良かったのではないかと思う。


「うぉおーっ、クレメンザさん。あの子めちゃくちゃ可愛くないっすか!? 俺、なんなら声かけにいきますけど~」

 

 急に部下達が騒がしくなったので何事かと見てみれば、館の前で佇む女の姿があった。化粧が濃く、金髪をツインテールのせいなのかどこか年齢とちぐはぐな印象はあるが顔立ちは確かに美人なのかもしれない。しかしまあ、それよりもその服装がひときわ目を惹きつける。へそ出しのホットパンツに、下着も同然の格好。パンク風のアクセサリーとピアスの類いがより一層派手さを際立たせる。

「――何だ、あの頭のおかしな服装。ひょっとしてここの商売女か?」

 

 クレメンザが若干引いたような顔つきで告げると、部下たちは顔を見合わせて「さあ?」と肩を竦める。彼らにとって、彼女のような派手な露出女は『アリ』なのだろうか……世も末だな、とせせら笑った。

「失礼、少しいいでしょうか」
「ああ? ンだよ」

 元々女という人種が好きではないが、これは特別苦手なタイプだな――とクレメンザは内心で引きつるばかりだった。近くで顔を見て、改めて実感する。口に飴を咥えたままで、女はマスク越しから覗く化粧の濃い目をじろりとこちらに動かした。

「……黒蜥蜴の館、というのはこちらで間違いありませんかね」
「そうだけど? そーだったら何か悪いのかよ」

 女は舌打ち交じりにこちらを睨むように見上げてきた。

「リリー、今日は置いて行かれて特別不機嫌なんだ。これ以上イラつかせたらマジでブチ殺すぞ」

 置いて行かれて、という部分がどこに繋がるのか今一つ不明瞭ではあったが――責任者達は不在なのだろうか? クレメンザはそんな事を考えつつ、ひとまず懐から名刺入れを取り出した。

「なるほど。では手短に済ませましょうか……紹介が遅れましたがわたくし、こういう者です」

 モタついていると余計に彼女のイライラを増長させそうなので、勿論手早く話を進める事を忘れなかった。黒革の名刺入れから一枚それを取り出し、クレメンザは女に向かってそれを差し出した。

「こちらの主人でありますスカーレット様と面会を希望したいのですが、取り次いで頂く事は可能でしょうか。お時間を作って頂けると幸いなのですが」
「おい、そこのザコっぽいの。まずは目の前で煙草吸っていいかどうか聞かねえのかよ。……てめえもよぉ、教育係ならきちんと躾しとけよ。この脳天パー」

 女は名刺を一瞥しただけで、あとはもう興味なさそうに傍らにぺっと捨ててしまった。それよりも彼女の関心は、クレメンザの部下の行動に対して向いているようだった。クレメンザは仰々しくため息を吐いてから、背後を振り返った。煙草に火をつける直前の男は、ぎょっとした表情のままでフリーズしている。……今すぐそれを下げろ、と蔑んだ視線を投げつけておき、クレメンザは再び向き直った。

「――。おっと、これは失礼しました。彼には後で自分からきつく言っておきますので。吸っても、」
「吸ってみろよ、この場で脳天カチ割るからな」
「…………」

 やけにドスのきいた声で、女は鋭く突きさすように言い放った。――本当にやりかねないな、この女なら。ともかくまあ、最近よくいる、何かむしゃくしゃしたから殺しました、とか言い出しそうな。こういう仕事をしている自分でもあんまり関わらない方がいいだろうな、と思える雰囲気しかなかった。この女には。……まぁ、こういう命知らずな方が鉄砲玉には向いているのかもしれないが。

「で? てめぇ、ひょろいヤツ。ウチのボスに会ってどうしたいんだよ、何の話するつもりだ? 変な客は通すなって言われてんだけど」


 こちらの為にも向こうの為にも、だらだらと話を続ける必要はなさそうだ。クレメンザは咳払いをさせてから、改まったように言葉を吐いた。

「――成程。では、回りくどい話はやめましょうか。今日は商売のお話をしにきたんです、ルチアーノ家のヴィトーより『キティー様の件で相談をしたい』と伝言があった事だけお伝え下されば……と思います」
​「キティーがお前なんか相手にするかよバーカッ!!」

 

 いやいや。こちらとしてはとても紳士的に、理知的に対応したつもりだったのだが。このリリーという女はそれを無碍にするよう、もはや話さえ聞く気配もなく一刀両断していってしまった。きゃははは、と楽しそうに笑いながらリリーはさっさとこちらを無視して歩いて行ってしまった。

 その仕草と来たら、玩具に興味を失くし次あっち遊びにいこうぜ~となっている子どもの仕草と同じであった。お人形遊びはもう卒業したしぃ、次は何してあそぼっかなー? うーんスポーツ? 大人のスポーツ? いいね~、いっちょバット持って暴れ回ってきますねー!……か、どうかは知らないがリリーはバットを引きずりながら夜の繁華街へとフラフラと消えた……。


「……噂に聞いていた通りに上品な場所だな

 残されたクレメンザ達は呆気にとられるより、しょうがなかった。

 

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「叫びながら逝け!!(きりっ)」

いやーんこれ決め台詞きたよ

か、かっこいい~~~~wwww

ってなんか煽ってるけど人として生まれたからには

人生に一度はムカツク相手にこのくらい言ってみてえものよのー。

何かこんなにかっこいいキャラなのにどうして

ザコ扱いされるんだろうね。クレメンザコ。(多分私のせい)

カネコさんの見た目すごいでんでんで脳内再生されるわ。

人のよさそうなおじさんって顔だけど狂気感じるよね…

蛭子さんから感じる狂気と似通うものがある、

やっぱ小物は小便垂らしながら死ななきゃな。いい引き際だ。

クレママはどうなったんだろう……

何かもう縋る者なさすぎてこのオッチャンに走った

可愛そうな女性とも取れるし、

出てった息子への復讐としてあてつけで

こいつと結ばれたような悪女な感じもするし、どっちだろな。

妹は無事生きててほしいですねーー

生きててほしいけどクレたその言う通り、

後からそれを知ったら嫌だよね……

いやだな~こわいな~(稲川淳二)

つぎロキシーたん!!

 

 

 

#9

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