#3-4 / 遊園地のモンスター
唐突な行動に戸惑いつつ、緒川がロジャーの先行きを見守る。まさか、と自然と身が強張り背中に冷たい汗が浮かぶ。――そのまさかだった。音もなく、中身がアスファルトに落ちた。大きさにしてみれば、一センチ程度の小さな袋がいくつか。小分けににされた小袋は全部でいくつあるのだろう、杖の中にまだ突っ込まれている分を含めるとしたら数えるのも億劫になりそうな程だ。
透明なその袋の中には、同じく透明な結晶の粒が見えた。何を意味するのかは勿論すぐに理解できた。まるで汚物のように思え、緒川が思わず顔をしかめずにはいられなくなった。
「パケだ。これ、総額で五十万くらいの価値はあるね」
「パケ?」
「覚せい剤の入った、この小袋の事」
手短に説明し、ロジャーが男を睨み据えた。薬、という漠然とした言葉ではなくはっきりと『覚せい剤』と彼は言い切っていた。この、もはや言い逃れは出来ない状況において、しかし異常とも言えるくらいに冷静なロジャーの様子を男はどこか薄気味悪そうに眺めていた。
「お……、俺の仕事に何か文句でもあるのか。俺はこれで金を貰って生活してんだからな、お前達養ってもらってる身分には分からねえかもしれないが」
男は仕事、という部分を強調するようにして言った。つまりまあ、これが食い扶持で、生きるための手段なんだぞと。そしてそれはやはり自分達をムカつかせるだけであった。緒川の剣幕に臆したように、男は僅かに身を引いた。
「仕事、だぁ?……開き直ってんじゃねえぞ、オッサン! てめぇのせいで、全く関係のない沢山の奴がクスリ漬けになったんだぞ。知ってる事全て吐いてもらうまでは帰さねえからな」
「買ったのは飽くまでそいつの『意思』じゃないか、俺は奨めただけにすぎない。奴らはみんな自らの責任のうちで金を出し薬を買い、そして使ったという話だろう。そこに至るまでには使用者本人の決断があった筈だ、俺は何もそいつに強制して使わせたわけじゃないだろう。そいつらは『使わない』という選択だって出来たんだ」
男が、本来の不遜な性格を取り戻そうとやけに自信に満ちた態度でそう述べ始めた。何だろう。……緒川は無性にこいつを殴りたいだけではなく腹の底から罵詈雑言を浴びせてやりたくなった。
「つまり自分は只仕事を全うしただけだってか?……本来ならお前がそんなもの売りさばかなければ良かっただけの話だ、犠牲になった人間はどうなる?――さっきからお前の都合ばかりだな、俺はお前の泣いて苦しむ顔が見たくなったぜ」
「ひいっ……」
緒川が男の胸倉を掴むと、男はやはり怯えたように顔を歪ませた。
「お前が薬漬けにした奴らの末路は? 薬を買うのに金が周らなくなった連中は皆どこへ消えたんだ!?――その中に俺の友人もいるかもしれねぇんだよ」
「緒川くん」
「……んだよ!?」
ロジャーがぽつりと呟いて、たしなめるように緒川の肩を掴んだ。頭に血がのぼっていたせいで、やや口調が荒っぽくなってしまったが、まぁともかく。
「多分……多分、そいつは単なる使い走りの下っ端ヤローだ。薬の運び屋ってだけで、恐らく深い部分までは関与していないよ。残念ながらね」
「……何だって?」
「そうだろう、辻本サン。……あなた、本職は医者――なんですね」
「!?」
名指しされた男の方は勿論だが、緒川も同時にぎょっとしていた。また。またか。またもや心を読んだかのようなロジャーの精神攻撃に、そしてそれは見事に当たっていたのだろう。辻本と呼ばれた男は、唇をわななかせ絶句していた。
「しかも精神科医か――、本も何冊が出してるみたいだね。博学な教育者とあろう者が、裏じゃ人の心を取り扱いながら善人の顔をして薬の売買か。……泣けるねぇ~」
「っ……、み、見たんだな、さっき荷物を漁っている時に……!」
「過程はこの際どうだっていいだろう、今重要なのは結果だ。――緒川くん、こいつでは役に立たない。揺さぶったところで僕達の欲しい情報には辿り着けないよ。これ以上構うのはもう時間の無駄だ」
次々と言い当てられ、顔面蒼白となりへたり込む辻本を無視するよう、ロジャーはくるりとその場から踵を返してしまった。そして、その手にはしっかりと応酬した覚せい剤の山が握られていた。
「な、ちょ……」
おいっ、と緒川が言いかけてロジャーの背に手を伸ばした。ロジャーは緒川ではなく辻本に向かい、言葉を続けた。彼は余力も残されていないのか、商売道具なのであろう、覚せい剤の袋を取り返そうとする様子も見せなかった。
「――あ。逃げてもいいけど、貴方もう逃げられないよ。この辺しっかり包囲されてるし、うまく逃げ切れたとしても医師免許剥奪、もう仕事続けらんないね。……さて、奥さんと子どもにどう説明する?」
「!?」
辻本は呆けたように口を開け、ロジャーをまるで理解できないもののように見つめた。緒川の方はもう全く見ていないようだった。構いもせず、ロジャーはすたすたとその場から歩き出していた。その背後を慌てて追いかけ、ようやく追いついたように緒川が言った。
「な、なあ……っ、あんたマジで……本当に――」
「緒川くん。君の目的と僕の目的、もしかしたら同じ場所で繋がるかもしれないんだ」
歩ませていた足を止めるのと同時に、ロジャーは振り向く事もせずに言った。
「君の探している真島明歩ちゃん、と……それから上原千秋くん」
明歩の事は先に知られていたようだけど、何故上原の事まで知られているのか分からず、話した記憶もなかったのですぐに戸惑い、そして言葉を失った。それから、ロジャーは振り返り何故か申し訳なさそうな顔つきで告げた。
「少し歩こう、人目につかない場所まで」
「ん……あ、ああ」
言葉では説明せず、ロジャーは例の薬を視線で指しつつ言った。それから彼についていった先で、彼はそれらをかき集めて(何十万はくだらないとされる程の価値があるんだとか。売人たちにとっちゃあ宝の山であろう、自分にとっては汚物の山にしか見えないけど)とっとと火を点けていた。
「も、燃やしていいのか? それ。空気中に散布されちゃったりしねーの?」
「クスリの処分は焼却処分だからね、一応。麻薬として使う時に炙るのとは熱量が圧倒的に違うし、焼却しても分子構造的にクスリとしての効能は果たさないよ。ていうか、普通に警察に渡す方がいいのかもしれないけど……近頃、中にはキナ臭い奴も潜んでいるみたいだから」
「キナ臭いって?」
「売人ルートから裏で繋がって、しれっと公安側に紛れ込んでる奴もいるみたいでね。手渡したブツがきちんとうまく渡ればいいけど、そいつらに横取りされてしまっても困る」
全員が信用できるかと言われたら、そうじゃない場合もある――という事か。思っていたよりも随分とややこしい事態になったものだ。
「ごめんね。さっき君とキスをした時、勝手に色々と覗かせてもらった。君の抱えている思いや葛藤も……何となくには理解した。それで――確信できた。きっと僕なら君の力になれるかもって」
「……覗かせてもらった、って……?」
「昔からね、そうなんだ」
不意に話を切り、ロジャーは同時にこちらへと振り返った。炎の爆ぜるぱちぱちという音が吹きすさぶ風の音に混ざり微かに耳に届けられた。
「人間。動物。植物。……生きている者だけじゃなく、死んだ人間も」
「――?」
「魂が宿る存在、全部。僕にはそれらの声が聞こえる。……だから肉や魚が食べられない時もあるんだけどねー、これが」
「……」
信じられない、と、普段ならそう言っているところだろうがもはや否定する気にもなれなかった。勿論、今まで起きた事が全部全て用意された役者と舞台で、何とこの茶番には台本があったんだよ! なんて可能性も――いや、もうそんな話があるわけないだろ。変な可能性に期待するな。
さっきの売人の話じゃないけど、自分は確かに『選んだ』わけだ。このロジャーという男についていく事を。固唾を飲み、緒川はロジャーを見つめ返した。
「昔から、ずっと助けを求める声が聞こえるんだ」
「……え?」
脈絡なく話し始めた言葉に、緒川は勿論そんな反応しか返せなかった。しかし、続きに耳を澄ませていた。
「男なのか女なのか、定かではないし、一体その子がどこにいるのか分からないけど。同じように苦しむ誰かの独り言だけが僕の頭に時々流れ込んでくる。……僕が……僕が誰かの意識を読む時は、僕自身の意識を集中させる必要があってね」
「ん……あ、ああ、うん……」
「それで、僕自身この力を色々と制御したり、使いどころを選べたりと能力との付き合い方を学んでは来たわけなんだけどさ。……それでも、その時々聞こえてくる誰かの『声』の正体だけは分からなかった。時々ふっと聞こえてくる、泣き声みたいに消え入りそうな小さな声だ」
「……うん」
「――僕はその子を助けたい。力になりたい」
けど、どこにいるのかも分からないのに?
そう思ったが口には出さずにいた。すると、ロジャーが一つため息を吐いた。その顔は笑っているようにも、また何かに悲しんでいるようにも見えた。
「緒川くん、改めて言わせて頂く。君の問題が解決するまでの間だけでも構わない、僕と組もう。……僕がその子を救う為にはきっと――君と協力し合えばもっと事が楽に運べる」
「ゴメン。俺、頭悪いし交渉だとか何だとかは苦手なもんで、馬鹿な言い方しかできないからそこは許せよ」
前置きしてから、緒川が苦笑交じりに続けた。
「――どうしてそう言い切れる? 俺があんたを裏切らないって保証はどこにもないだろ。それに、あんたが俺の心を読んだなんて聞いた手前、俺は少なくともアンタに不信感を抱いたんだけど」
「勿論、そう思われるのは知っていて僕は全部話した。僕からの隠し事は一切君にはしたくないからだ。……けど、それでも君は僕を裏切らない。そう判断したから話しただけの事さ」
「……」
君が僕をどう思っていようとも、僕は君を信じている。
要約するとそういう事か。
そこでようやく、緒川は先に質問していたのはこちらだったことをふっと思い出していた。
「緒川くん、僕は君を利用するつもりでいる」
「……え……?」
「この意味が、分かるかい? 僕は見ての通りで、君のように腕っぷしは自信がない。格闘技の心得なんかないし、屈強な男共に殴り合いに持ち込まれて勝てる気なんか全くしないさ。――だから、その時は君任せにするつもり、っていうコトね」
「そ、それは――まあ、言っちゃえば俺が普段一人でやってるような事と変わらない……ってわけだよな?」
「ん、まあそうだね。で、逆に緒川君も『僕を利用すればいい』んだよ。僕のこの能力と君の格闘センス。合わせたら最強の向かうところ敵なしにならないかい?」
今までの話を併せて考えると、つまりまあ……本当に、彼には本来聞こえる筈のない人の心や声が聞こえるんだとする。そうするとロジャーはきっと、自分なんかとは比べ物にならないくらい人の醜い暗部やら本音やらと否応なしに向き合ってきたわけで。
多感な時期の子どもが、そんな汚い感情を理不尽に浴びせられて彼は一体どういう思いを抱えてきたのだろうか。――まあ勿論、その能力の全てを信じているわけじゃない、むしろ半信半疑だという事はうっちゃって。
ロジャーが今しがた、『利用』だなんて穿った言い方をしたのも何となくには頷けた。だが――、緒川はふっと肩を竦めつつため息を漏らしていた。
「……、いいけどさ一個訂正してくれないかな?」
「え?」
そこで初めて、ロジャーの自然な、作っていない表情を目にした気がした。
「利用だなんて言い方はやめて、『協力し合おう』って言い方にしないか。お前が俺の考え方を全部読んだってんなら、尚更。計算したり、あれこれ考えたうえで成り立った関係とか、そういうの苦手なんだ」
ロジャーはしばしきょとんとしていたが、すぐさま破顔させたように微笑んだ。負けを認めたように肩を竦め、口の端を上げて笑った。
「……そうだね。僕ももう少し、素直になろうか。緒川くん、どうか僕と協力してほしい。君の力が必要だ」
そんな彼との出会い以降、相棒ことロジャーには振り回されっぱなしの日々が続いていた。で、話は戻り、これは三週間前の事になるわけだけれども。
「緒川くんっ、ねえねえ緒川くん! ちょっといい話があるんだけど!」
コイツの言う『いい話』というのは大体普通じゃない方向に帰結するわけだが――ともかく――緒川が日々の鍛錬でやや疲れた調子を出しつつ振り返れば、妙に目をキラキラさせたロジャーの顔とぶつかった。その勢いに圧されるように肩を竦めると、ロジャーは構わず手を取り更にぐいぐいと押し迫ってきたのであった。
「今までの僕らのしてきた行動と言えば何だい!?」
「……は、はぁ?」
「チマチマとチンケなチンピラや小悪党を殴り飛ばして、時にはチラッと金品を頂いたりなんかもしたわけだけどぉ~~」
「そ、それはお前が俺の知る範囲外で勝手にやらかした事で、俺は只指示された奴をぶっ飛ばしただけだしな? べ・別に歯向かってくる奴以外には何も」
「まあそんな話じゃなくってだねーっ、その甲斐もあってなのかどうやら僕達の名も知れ渡ってきているようなのだよ! この界隈でねっ!」
そんな事を聞かされても全く嬉しくはないし、別に名を売りたくてそんな危険な真似をしてきたわけじゃあないのだが……話に続きがありそうなので、と、無邪気にはしゃぎまわるロジャーをしばし見守った。で、次に何を言い出すかと思えば――、
「ヤクザの事務所に来いって言われちゃったあ~」
てへっ、とウインクしながら微笑むロジャーだが、おい、「言われちゃった」じゃねえだろうが。
「つ、つまり直接カチコミって事かよ」
「そうそう! いい機会だよねーっ、これ! 本物が相手だから、もう経験値も沢山ゲットできちゃうしきっとレベルもサクサク上がるよ! 緒川くんも格闘家として一気にハクがついて昇級昇段、免許皆伝に違いないさっ」
そんな物騒な事で知名度は上げたくないし、出来る事ならきちんと自分の腕だけでのし上がりたいものだ。気付いたらチンピラ狩りだの何だのと変な二つ名が授けられていたけど、自分は至って……いやいや、ちょっと待って、何か今更だけど目的と手段が入れ替わってないだろうか。俺。と、緒川は考え込みつつロジャーをじぃっと見つめた。
「で、何? そいつらが上原や明歩の事を知ってる……とでも?」
「そこまではちょっと分からないんだけど。直接会って、ちょろっとでも接触してみないとね」
ロジャーの持っているその『能力』とやらはどうも対象となる相手に接近する必要がある、との事。携帯の電波のようなもので、受信するには極力近づいた方がノイズもなくクリアに聞き取れるそうだ。――実を言うとここだけの話、彼と行動を共にする事になったはいいものの彼が言うその『精神感応』的なものに関してはまだ半信半疑な部分がある。あれだけ次々と事態を逆転して貰っておいて何だが、やはり目に見えないもの、形にならないもの、数字として残らないものというのを全て信じろというのは武闘派の自分にはちょっと胡散臭いのだ。
(や、俺が頭悪いだけかもしんねーけどさ、ホラ、もしかしたらめちゃくちゃ勘がいいってだけかもしんねえし……)
うぅん、と考え込んでいるとロジャーが両肩をガガッ! とさらに強い調子で掴んできた。
「しかし、だよ! いい加減雑魚ばかり倒してたってこれじゃあ進むべきものも進まないだろう!? ここいらでサクゥッと大物を仕留めて、少しでも手っ取り早く真相に近づこうじゃあないか」
「そ、それで近づけるならいいけど余計面倒なのに目ぇつけられたらたまったもんじゃねーぞ」
思えば相当危険な橋渡を続けてきたものだと考え直してもみる、逆に言えばロジャーがいなければ自分はもっともっと危ない場所にまでそれこそ節操なしに突っ込んでいた気もする。――で、二度目の『実を言うと』だが、ロジャーの本当の素性が一体何なのかが分からなかったりもする。
表向きはイギリスからの留学生という身分の彼も、過去のあのクラブやカップル喫茶での青ざめた店員達の顔。声。態度。ロジャーの名を見た瞬間に、皆同じようにサァ~っと青ざめて行ったのを勿論忘れちゃいない。……そろそろ、その真相を確かめるという意味合いでもいい頃合いないんじゃないだろうか?――うん、と緒川はロジャーの問いに、あらゆる意味を込めて一つ頷いた。
「分かった。……お前の決めたように、お前のプランで動いてくれ。俺はそれに従うだけだ」
「さっすがぁ~!! 僕の柴犬くんはおりこうさんだね」
「は? 何だって?」
「いやいやいや、何でもないよっ! さー、行こうじゃないか街のゴミどもを僕達がこの手と知力を持ってして全員処すっ! 洋画のクライマックスあるあるのカチコミシーンみたいだね、さぁっていつ殴り込みに行く設定にしても準備は万端かな!?」
「俺はいつでも喧嘩売られる準備に関しては抜かりはないぜ」
「ひゅーぅ! 流石はいつも地獄を潜り抜けてる者の言う事は違いますなあ!」
その地獄を作り上げたのは一体誰なんだよ、と言いたい気もするがとりあえず堪えておいて、だ。だったらいつ訪れるとも知れないその時に備え、自分は少しでも身体を作り上げておくべきなんだろうと緒川は思った。いつ何が起きてもいいよう、抜かりはないつもりだけども。
学校を終えると、実にいいタイミングでまたロジャーに呼び出された。とりあえず、彼が指定する場所へ。――ちなみに、二人は別々の学校なので会うのは大体放課後という事になる。若しくは二人同時に学校をサボるか――ロジャーは学校でもその謎の権力をブチかます事があるらしく、出席日数をいじくったり不正を働いた経歴もあるんだとか……いや、ある意味それって俺より乱れてね? と、緒川は思ったけど怖いので触れないでいる。ともかくまあ、好き放題に融通を利かせているようだ。
「あ、緒川くん! こっちこっちぃ」
ロジャーが待ち合わせに指定したのはオシャレなコーヒーショップだった。アメリカ発祥の、イタリア式エスプレッソが主体のシアトル系何たらかんたら……と緒川は有名なそのマーメイドを象ったロゴを見上げて、うへっとなってしまった。店頭に置かれたメニューを見てもフラペチーノだのマキアートだのカプチーノだの助けてくれ! と恐ろしくなってしまう。そんな店内の雰囲気に気圧されつつ、ロジャーはやはりお坊ちゃんといった趣がある。正真正銘、金髪碧眼の王子様。ちょっとだけ癖のある猫ッ毛も、彼の計算のうちに思えてくるくらいだ。学校指定のカーディガンと見せかけて、多分いいブランドのカーディガンをこっそり着ているんだろうな……。
通りすがりに、女子高生からOLさん、主婦からおばちゃんまでが彼をチラチラ熱のこもった眼差しで見つめては目を輝かせてるのが分かる。
(ぬ、ぬう……何だコイツ、と言いたいが確かにコーヒー? 紅茶? を飲む姿がめちゃくちゃ板についてやがんな……)
湯気の立ち込める何やらを静かに啜る彼の姿は、海外映画のワンシーンのようで、切り取ってポストカードにでもしたらオシャレなんじゃないかと思う。目が合うなりにっこりと微笑むロジャーに、他校の制服姿の女子らも遠巻きに見つめているのが分かった。……彼のせいで視線が痛い……気恥ずかしさに駆られて、周りを顧みないようにしながら彼に近づき、どかっとソファーに腰かけた。
「……おい、呼び出すのはいいけどいつも何かこういう入りづらい場所選ぶなよ、何かこえーんだよこういう雰囲気は」
「怖そうなお兄さんは平気なのに、可愛い女の子は苦手なの?」
言いながらロジャーは、傍らで彼をじっと見つめていた女子高生二人組にパチッとウインクした。うわ、これブサイクがやったら勘違いオツじゃん。と思いつつ、ロジャーがやるから隙が無いんだと改めて思わされてしまう。目配せされた女子高生はキャッ! とか言いつつ笑い合い何がどういうわけか「ちょっとぉ」「やだあ」「うける、きゃっ、もぉ~~~!」とか口々騒ぎつつお互いをバシバシ叩き合っていた。何やらテンションが上がっているのには間違いない。
「……」
「あ、ごめんごめん。お詫びに何か奢るよ、何がいい? 僕のおすすめは抹茶ラテとか、無難にカプチーノとか……あ、期間限定のアメリカンチェリーフラペチーノなんてどうかな? チェリーって辺りが君に似合う気がするんだけど」
「ふ、フェラぺチ……、な、何だその卑猥な……あと童貞の事はあんまり言わないで」
緒川くんはこう見えて、実はとてもデリケートだった。
「よしよし。じゃ、今朝の話だけども、早速決行と行こうじゃない。僕は糖分も養ったしオッケーだよ」
「え!? ま、まさか、今日呼び出した用事ってそれなのか?」
「うん。それも今! すぐに!!……ねッ」
「――は」
「あったりまえじゃ~ん、とっとと来い! って言われたんだから。怖ぁーいお兄さん達に。だったらちゃっちゃと行って済ませちゃった方がいいよ。嫌な事は先延ばしにしない主義なんだ、僕は」
僕じゃ勝てない、とかわいこぶるロジャーだったけれど彼が本気を出せば人間の弱みの一つや二つくらいあっさりと握り潰せそうなものだが。――なるほど、協力と利用とはまた表裏一体なのだなと緒川は思った。彼と一緒にいると本当にいい社会勉強になる……の、かも、しれない。
行き先は、駅よりもやや先にある雑居ビル。動き始めた頃には既に日は暮れており、ロジャーがタクシーを提案してきた。運転手にビルの名を告げると、途端に運転手の顔が強張った。話によれば、自分らが殴り込みに行く予定の組の名は『道端組』、その本部事務所があるようで、しかも有名な話だそうな。……他人事のようにふんふんとそれを聞いている自分がいて正気と狂気の境がよく分からなくなってきていた。
道すがら、何台かのパトカーとすれ違った。何故か妙にザワついた気配がする、単なる杞憂に終われば良いのだが――南東側へと逸れると、表のきらびやかなネオンからは離れ、人気もまばらなうら寂しい通りに出た。
「すんません、この辺りでいいですかね」
「ん、ああ。ありがとう、運転手さん」
タクシーが目的地周辺に停まり、その特徴のない雑居ビルを視線で指した。付近に住む者ならば大半が知っているというその道端組の存在と、且つそこへ向かう制服姿の男子が二人。……もう明らかにこっそり通報されても良さそうなシチュエーションではあるが、気の弱そうな中年の運転手は、深くは追及してこなかった。
まあ、心の中では(こいつら、絶対に関わらないようにしよう)と思われていたに違いないのだが。
(……まさかだけど、これも何か既に根回しでもしてあるんだろうか?)
と、ロジャーの『大丈夫! もう手は打ってある!』といういつもの顔を思い浮かべつつタクシーをひょいと降りた。無鉄砲さには自覚のある緒川と言えども流石にヤクザうようよ、の事務所に直接乗り込んだ事はない。
やや萎縮するのと共に緊張で顔が強張る自分とは対比的に、ロジャーはひょいひょいと先を歩いていくのだから心臓に毛でも生えてるとしか思えない。
所々ひび割れの目立つぼろっちい壁、空調が低く唸る音、カビのような埃のような年季の入った匂いと共に、近くの居酒屋からなのか醤油を煮込んでいるような匂いも微かに混ざって漂っている。
このように、全体的には古いビルではあったが内部にはいくつもの監視カメラが置かれているのが分かった。階段から既にもう、数人のガタイのいい男達が控えていた。異様な雰囲気。煙草の煙とアルコールの臭いで、早くも空気が淀んでいる――、
で、そんな風に明らかに堅気ではない男達のうろつく中を、制服姿の男子学生がふたーり。見張りの連中は二人の事については知らないのか、「何だぁてめーら」と若干ドスの声で言い、そして睨み据えてきた。
「緒川くん、どうやらこいつら、僕達が今宵ここにお呼ばれされてる事については把握していないらしい……」
「みたいだな、この緊張感のなさ」
ボソボソと耳打ちするロジャーだったが、それを怪しんだのか「んだ、おら、てんめえ」と着崩したスーツ姿の男が大股にドスドスと近寄ってきた。すかさずロジャーが、何かまた閃いたのか緒川にガバッと抱き着く。海外流の熱いハグは、控えめな日本男児の緒川にはちょっと突然すぎて心臓に悪い。
「あぁん、酔っちゃったぁ……僕ちょっと飲みすぎちゃったみたいだから送ってぇ~。ねねね、道こっちで合ってるー!?」
またこういう突然の振りだ。いいからアドリブを利かせろ、とそのブルーの双眸が訴えかけてくる。無茶ぶりしやがって!
「し、し、し仕方ねえなあ、お前ってやつはいっつも……」
「だってぇ、駿平ちゃんってば飲ませ上手なんだからさぁー、そんなに僕をベロンベロンにさせてどうするつもりー?」
「な、何か始まったぞオイ……」
謎の茶番を前にして怯むチンピラ達に、ロジャーがすかさず身を翻した。刹那、手前にいた男の股間めがけ、漫画ならば集中線の入りそうな迫真のポージングと共に金的を一発食らわせた。油断し切っていたそこは完全にガラ空きだったようで、バラエティ番組よろしくモロにチ~ンと決まったのが至近距離から肉眼で捉えられた――うわ、クッソ辛いわこれ……、
「お……お……っお・お・お」
短い断末魔を残し、手前のチンピラがドサリ……、と前のめりに崩れ落ちる。背後で控えていた男達が、一瞬のうちに起きたその出来事に「!?」と目を見開いた。数秒程あんぐりと口を開いていたものの、その顔つきがすぐさま戦闘モードに切り替わったのを緒川は察知した。
「て、てめぇら……っ!」
「……ガキの遊びじゃ済まねえぞ、ヤクザ殴るってどういう意味か分かってんのか……?」
にわかに殺気立ち始めた周囲に、ロジャーが相変わらず憎たらしいくらいの爽やかな笑みで返す。降りてきた前髪をサッ、と掻き上げて、白い歯を見せつけるようにして彼は笑うのだった。
「お遊びなんかじゃないさ、大体君達の方から呼びつけたんだろう?」
その言葉に、男達もいよいよこちらが悪ふざけしにきただけのクソガキではないと確信を持った。彼らの怒りと闘気にまるで油でもドボドボ注いでやろうというのか、ロジャーは「チチチッ」と犬猫にでもやるように指先で男共を挑発した。
「ふっふーん、聞いた事はないかい? 僕達はね、この辺の『街のダニ』どもこと、君らのような連中を見つけ次第に掃除してるのさ」
「掃除だぁ?」
「そうそう。嫌いなんですぅー、君らみたいなのが。この綺麗な街にのさばってるのが許せないし相応しくないよ、ってわけで徹底して潰して回ってるわけなんデス」
ロジャーのおちょくるような挑発に、短く刈り込んだ髪型が特徴的の、いかにもこわもて風の男がニヤっと笑った。
「中々面白いガキじゃねえか。……ここ、いかれてんのか?」
「少なくとも君らよりは優れた学力を持っていると思うよ~」
「そーかい。――だったら俺達が今からお前らに何をしようとしているかも想像がつくわけだな」
いやいや、煽る煽る。ロジャーと組んでチンピラ狩りをする時、大体彼はこうやって必要以上に煽る事は多いけど今日は特別お口が悪いように見受けられた。
(何かイラつく事でもあったのか?)
彼の事、いつもあの飄々とした笑顔なので深くは分からなかったがそんな風に内心で小首を傾げていた時である。
「……って事で後は任せた、緒川君!」
「へ?」
「暴力は美しくないんでねっ! 僕の専門分野じゃないから、ぶん殴るのが得意な君に任せるよ。僕は応援してるんで」
スチャッ、とピースサインと共にウインクをかまし、ロジャーは緒川の背中を一つ、景気よくばしーんっと叩いたのであった。そんな事だろうとは思ったが、と緒川が苦笑交じりに正面を向けば、先の男がドスを腰だめに構えて突っ込んできている最中である。
「うぉおっと!?」
慌ててかわし、緒川は壁を背にして踏み止まった。
「あっぶねー! このオッサン、刃物持ってんじゃんか!」
「当たり前だよ緒川くーん、相手はヤクザだよ~」
見ればロジャーは何やらしゃがみこみ、床やら壁やらに触れ、やや眉を潜めている。まるで何かを探るかのような手つきだ。……どうやら始まったらしい、あの怪しい能力とやらが。
「お前が煽らなきゃ持ち出さなかったんだっての!!」
てゆうか自分じゃなきゃ避けられねえぞ今の、と再度男を見据えると、男はスチャっと柄の部分片手でを回しペン回しのように再び短刀を握り直した。逆手で構え直したのを見て、多少は扱いの心得があるのだと緒川は思った。
「……しっかしアンタもガキ相手にそんなもん振り回すとはねえ」
「噂には聞いてんだよ、極道潰し回ってるらしいなお前。古武術齧ってて、高校生なのに強ェって話も耳にしたぜ」
「あっそ、そこまで知ってるんなら紹介しなくていいわ。だったら意味……分かってんのな?」
「?」
男が不可思議そうに眉根を持ち上げたので、緒川もひとたび口角の端を持ち上げつつほくそ笑んでやった。
「古武術ってのは武器の扱いも含まれてるし、刃物持った相手との喧嘩も慣れてるわけよ。……そっちが刃物抜いたって事は、俺もガチで相手させてもらう事んなるけど、まあ……」
わざと嘲笑を含ませつつ、緒川はチラと男を一瞥する。
「俺は殴らないでやるよ、オッサン。経験者から見て、お前はダメダメ。ダメすぎてムカつくわ」
「……?」
「平手だけで十分だっつう意味だよ」
グーパーグーパーさせながら男に向けて片手をひらひらさせると、男の顔が一瞬程引きつった。怒りのあまり、口元が吊り上がったという具合だった。おらあ、とドスの利いた怒号と共に男の持つ短刀が振るわれたが、緒川はそれをかわし、手刀で男の目を打つ。
「ぐっ……」
「平手といってもまぁビンタじゃねえけどな」
身を返しざま、緒川は男の肺めがけて両の掌を叩き込む。肺に衝撃を受けると、相手は呼吸困難になり息が出来なくなる――、
「お、ダブル掌底打ち」
ロジャーが呟くのと同時に、緒川の放った一撃がヒットした男の手からは短刀が落ちた。よく見れば錆びた、手入れの行き届いていない刃だった。男が声も出さずに、ひゅっ、と呼吸の断片を残しつつその場に倒れ込んだ。
「ひええっ……」
「じ、ジンさぁん!!」
「しっかりして下さい! しっかり――」
「おいおい! 気絶してるだけなのにそんなに大袈裟に騒ぐんじゃねえ、不安になるだろーがっ! しかもチンピラの癖して女子かよ。キャアキャア喚きやがって」
頭に酸素がいかずにそのまま失神した男(ジンさん、というらしいが)の周囲に続々と集まるガラの悪い男ども。慌てた様子からいって、このジンさんとやらが今いるメンツの中ではトップに強かったんだろう。
「――おい、分かったんならそこ通して貰えるか? 伸びてるこいつが一番強かったんだろうけど、このザマだぜ。……ま、別におめーらが束になってかかってきてもいいけど、一人相手に複数で来るって事は俺も本気で行かせてもらうからな。眼球くらいはふつーに指突っ込むぞ?」
後に控えていた、それまではせせら笑いムードだった男達の士気が目に見えて下がるのが分かった。さっきまでの余裕がものの見事に失われ、すっかり怯みまくっているようだ。勝てると確信があっただけに、その静まりようといったら中々のものだ。……もはや従うより他には選択肢はない、といった具合か。すぐさま、下っ端のうちの一人の手により鉄の扉が開かれる。
緒川とロジャーは、続けざま室内へと足を踏み入れた。部屋の中は紫煙と、それから男物の香水の匂いでいっぱいだった。中にいる男の数は三人、一斉にその視線が二人へと向けられるのが分かる。
「んっ、三人!? 随分と少ないな~、これからボコボコにされるにはちょっと舐めた人数じゃない?」
背後で扉の閉まる音を聞きながら、ロジャーがそんな風に余裕をこいて少しばかり笑った。時には振り回されつつ、頼もしい相棒である。
と、その時、だ。「あっ」と誰かが声を上げたのが分かった。
「!?……ぱっ・ぱっパパァ! あ、あ、あいつ!」
「ん? 何が……」
「あいつだよゥ!!!!」
「あ?」
部屋の中央。大理石のテーブルを挟んで向かい側に腰かけていた、ひょろっとした男が同じくひょろっとした甲高い声で騒ぎ出したのであった。当然のことながら、緒川もロジャーも、それどころか恐らくロジャーを呼びつけた張本人であろうボスっぽい佇まいの貫禄ムンムンのおっちゃんもポカーンとしているようだ。
ボスそっちのけで、甲高い声の男は更にワントーン高い声でぎゃんぎゃんと喚き始めるのであった。
「な・な・何であいつがここにいるのォ! パパが呼んだ相手ってひょっとしてアイツなわけ!?」
「ん、んん~?……いや、ワシが招待したのは怪しい金髪碧眼の白人だった筈だが……っと」
「お、お、おが・緒川っ、緒川駿平ィイーーーッ! てめぇ、ほんと、許されざるっ!!」
声の甲高いその男子生徒は、分厚い眼鏡を掛けており、いわゆる坊ちゃん刈りと呼ばれる切り揃えられた前髪とチェックのシャツがいっそうクタっとした感じを醸し出している。とてもじゃないが、屈強なヤクザどもの集まりには似つかわしくない、どちらかというとオタク寄りの風貌、なの、だが。
「あれ、緒川くんの友達かい? あの眼鏡くんは」
「……、う……み、道端って聞いた事あるけど――まさかあの道端だったとは……」
「『あの』? じゃあやっぱり知り合……」
「そ・う・だ・よっ、よよよっ! どの道端か知らねえけど、『道端ノゾム』だよばかやろー! お前の事は一日も忘れてねえからな緒川のくそったれのうんこやろー!!」
きぃいーっ、とその眼鏡くんことノゾムは顔を真っ赤にして怒りを露わにする。ロジャーがホエーッとそれを何か珍獣でも見つめるような目つきで眺めてから、再び緒川に視線を戻した。
「なになに? 複雑な話でもあんの? あの様子だとまさか君、何か陰湿なイジメとかしてたんじゃ……」
「い、いや……やたらとでけえ声で、しかもクラスの真ん中でいっつも『俺の親父すげえんだぜ』自慢するのが気に食わなくて――つい自慢中にズボンとパンツ脱がせてチンコ丸出し状態にした事があってだな……」
「それ、いつの話? どうせ小学校一年生くらいでしょ?」
「中三」
「けっ、結構最近ジャン……」
ロジャーが引きつり笑いを浮かべつつ肩を竦めた。
「やる事が小学生じみてるなぁ……僕は今、君の精神年齢を疑ったぞ緒川くん!」
「お、おめえには言われたくないけどな」
「うるせー! うるせぇうるせぇうるせぇうるっせい!!」
やはりボス格のその中年と、恐らくそのボディーガードっぽい人を差し置き、ノゾムはソファから立ち上がりまた吠えたてた。
「あの時お前のした愚行のお陰で、ぼかぁ好きだった文月ちゃんに見られたくない部分を見られちまったんだよチッキショー!! しかもサッカー部の連中にもバッチリ見られててなあ、チリ紙ついてんのまで見られてて陰で先っちょティッシュマンとか言われてるのも聞いちゃったんだぞ、ンンンの糞馬鹿やろぉおお!」
「しょーがねーじゃん。つうかお前、その髪型自体がどう見てもチンポの先っぽみたいなんだが。昔からそれだったけど」
「元同級生だからって生きて帰さねえぞオラァアア……」
「うわー青筋立てるとますますリアルになるね、もはや完全にセクハラじゃないか」
ロジャーまで一緒になって意地の悪い発言をしたところで、ようやくパパこと組長が咳払いと共にその椅子から立ち上がった。
「オホン。……まあまあ、ちょっといいかな? 子の喧嘩に親が出るようで申し訳ないが」
キィ、と椅子が軋む音が少しばかりしてから、その男性――道端が緒川とロジャーをそれぞれ見比べた。派手な赤い開襟シャツに、グレーのジャケット。金色のネックレスが胸元に光る、赤ら顔にやや太り気味の体格。
この男こそが、ロジャーを呼び出したという『怖いお兄さん』(いや、おじさんの間違いだろうこれは)にして、道端組の組長。道端孝蔵(みちばた・こうぞう)である。そのキンキラキンのネックレス以外にも、金のロレックス、金の指輪、おまけに前歯が一本金歯で、光物がじゃらじゃらしていて一見してそれと分かる風体。
「話をまずは、最初から整理しようか。……俺が本来用事があったのは――ロジャー君。きみになんだけれどね」
分厚いが鋭い一重瞼で、道端はロジャーをじろりと見つめた。
「うちのシマで、散々暴れてくれたそうじゃないか。そのルックス、まるでアイドルだの異国の王子様だなんて騒がれてたみたいだけど。確かに男前だな、若い時の俺にそっくりの美男子じゃないか」
冗談なのか本気なのかはさておきに、まあ、あまりいい雰囲気でないのは確かであった。
「うちのモンが世話になったみたいだなぁ、ロジャー君や。そのお礼をしてあげようと思って、今夜正体したんだけど」
「お礼なんてとんでもない、僕は当然の事をしたまでなので」
「で、ついでに俺の息子を散々に愚弄してくれたらしいそちらの君も一緒にどうだい」
道端の視線がのろのろと緒川の方へと移った。薬物でもやっているのか、その目には生気がなく、淀んでいるのが分かった。